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Column

Kiyomi Ishibashi:Cinema! 石橋今日美

2013/10/10

Man of Steel『マン・オブ・スティール』

 スーパーヒーローのリブートの試み

 数あるアメリカン・コミックスの主人公の中でも、スーパーマンほど知名度があり、分かりやすく正義の味方を体現するヒーローはいないかもしれない。クリストファー・リーブが演じたスーパーマンへのノスタルジーが色濃く残る中、本作はあえてリメイクに挑むのではなく、「リブート」、スーパーマン誕生のエピソードから物語を描き直すアプローチをとっている。成人したクラークが作品前半に登場するとき、彼は確かに海上油田の大惨事から人々の命を救うが、それは「救世主」としての確固たる使命感からではない。おなじみのSマーク入りのスーツとマントも身につけていない(今回、赤いブリーフは姿を消している)。子供の頃から、両親には超人的な力を秘密にするように言われてきたが、人を見殺しにはできない。観客が出会うのは、そんな葛藤を抱え、放浪する「エイリアン」である。まだ認知度の低い主演の英国人俳優ヘンリー・カベルの地球での養父にケビン・コスナーを、クリプトン星の実の父にラッセル・クロウというスター俳優を配し、両者の存在と自己犠牲の精神に貫かれた死を通して、主人公が自らのミッションに目覚めてゆく過程を描くことが、単なるリメイクではない本作のポイントとなっている。

 スーパーマンのSはスピードのS

 「スーパーマンの映画」と思って見始めると、労働者として油田事故の現場に遭遇する主人公の姿は新鮮に感じられ、ニューフェイスのキャスティングも肉体改造の役作りも手伝ってビジュアル的には不足はない。だが、自らのアイデンティティを模索し、苦悩するスーパーヒーローという人物造型は、先行するスパイダーマンやハルクの実写映画作品で実践されており、本作の独自性とは言えない。ラストではクラークは、カンザス育ちの「よきアメリカ市民」であることを、アメリカ軍のスタッフに笑顔で主張し、デイリー・プラネット社に就職するというコミックの世界の既知のレベルに破綻なく戻ってしまう。

 伝説のヒーローを「リブート」とは言え、クラークが自らのミッションを引き受けるモメントを印象づけるのは、やはり両手を前に空を飛ぶというアクションになっている。地球のあらゆる場所を飛び回り、あっけなく宇宙にまで達してしまう飛行ぶりは、コミカルすれすれの縦横無尽さなのだが、最新のデジタル視覚効果のおかげで、そのスピードが映画的なリアリティを獲得している。観客がゲーム機を操作しているような、空中の主観ショットに依存するのではなく、大自然の驚異を感じさせるロケーションを飛ぶロングショットと表情をとらえたアップが効果的に組み合わされる。

 9.11、負の遺産

 スーパーマンを再創造するはずの作品に用意されていた最大の驚きは、悪役のゾッド将軍とその一軍がクリプトン再生のために地球の破壊に乗り出すクライマックスにかけて、ヒーローを忘れたパニック映画の様相を呈してくることだ。エイリアンの襲撃によって、高層ビルが破壊され、逃げ惑う人々が瓦礫の中に消えていく様子が丹念に描写され、その間スーパーマンはなす術もなく、画面に登場さえしない(実際、彼は組織化された攻撃にすぐに立ち向かうことはなく、地球人からの反撃のアイディアをもらって実行に移す)。娯楽超大作にしては珍しく、全編を通してできるかぎり手持ちカメラで撮影されていることもあり、破壊の場面は9.11の報道映像の洪水を想起させる。正確には、9.11以後、一時的に沈黙を強いられながらも、ローランド・エメリッヒらの作品で復興したディザスタームービーの特性、スペクタクルとして自己目的化した破壊と殺戮をこれでもかと見せつける。

 「バットマン」三部作を手がけたクリストファー・ノーランが製作・原案にあたっているが、彼がメガホンを握っていたら、どうなっていたのか… そんな思いさえマーケティングしたかのように、早くも製作が決定した続編では、スーパーマンとバットマンが対決する予定になっている。

【キャスト】

ヘンリー・カビル(クラーク・ケント/カル=エル)

エイミー・アダムス(ロイス・レイン)

マイケル・シャノン(ゾッド将軍)

ケビン・コスナー(ジョナサン・ケント)

ダイアン・レイン(マーサ・ケント)

ラッセル・クロウ(ジョー=エル)

【スタッフ】

監督:ザック・スナイダー

製作・原案:クリストファー・ノーラン

脚本:デビッド・S・ゴイヤー

撮影:アミール・モクリ

編集:デビッド・ブレナー

視覚効果監修:ジョン・“DJ”・デジャルダン

音楽:ハンス・ジマー

2013年アメリカ映画/上映時間:143分/配給:ワーナー・ブラザース映画

 

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