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Column

Kiyomi Ishibashi:Cinema! 石橋今日美

2014/09/17

TOM A LA FERME『トム・アット・ザ・ファーム』

©2013 – 8290849 Canada INC. (une filiale de MIFILIFIMS Inc.) MK2 FILMS / ARTE France Cinéma ©Clara Palardy

 美しき才能、グザヴィエ・ドラン


 「神童」「天才」「アンファン・テリーブル」―― 1989年モントリオール生まれの映画作家グザヴィエ・ドランを形容する言葉は、決して空疎には響かない。19歳で初監督・主演作『マイ・マザー』を撮りあげて以来、その新作は大いなる興味と熱狂、賞賛で迎えられてきた。見る者を落胆に突き落とすことはない。そして美しい。単にルックスがよい、という意味ではなく、監督・主演作における独自の世界観において、いかにカメラに収まるか、表現者・被写体としてのコントロールの精度は実に見事だ。ナルシシストと嫉妬されようが、ドランにおいて、美しさは才能のひとつである。改めてそう実感させられたのが、リバー・フェニックスを想起させるブロンドに髪を染めて挑んだ新作『トム・アット・ザ・ファーム』(2013年)。現代ケベック演劇界を代表する劇作家ミシェル・マルク・ブシャールによる同名の戯曲(原題Tom à la ferme)をもとに、ブシャールとの共同脚本による、ドラン初の「ジャンルもの」(サスペンス、サイコスリラー)となる。



 弛緩なきサスペンス


 モントリオールでコピーライターとして働くトム(グザヴィエ・ドラン)は、交通事故で同僚・恋人ギョームを失い、葬儀に出席するため、ケベック州にある彼の実家に向かう。たどり着いたのは寂しい田園地帯ある孤立したような農場。ギョームの母アガット(トムと初めて顔を合わせるシーンは、殺人者と潜在的な被害者の緊迫感を思わせる)、兄フランシスと対面したトムは生前、恋人がゲイだったことを隠し、サラという女性と交際していると嘘をついていた事実を突きつけられる。しかし、それはトムの存在を揺るがす些細な始まりでしかなかった… 主人公が恋人の死の喪失感、擦り傷に塩をすり込まれるような心の痛みを、ブルーのペンで綴る手書きのアップの冒頭から、本作は弛緩することを知らないかのようである。息子を失い、鬱積した怒りと哀しみをぶつける老いた母、秘められていたエネルギーをむき出しにしてゆくフランシス。作品の進行とともに、アガット、フランシス、トムの関係は緊迫し、密室劇の原作から、トウモロコシ畑の農場という空間の広がりがある舞台を設定しているにもかかわらず、トムが精神的・身体的に追いつめられ、容易にその場から立ち去ることができなくなる過程が、息苦しいまでに伝わってくる。トムは農場から逃げ出すことができるのか?登場人物の誰かに殺害されてしまうのか?ギョームという不在の存在を起点に、明解な犯罪のプロットに依存しない、「宙づり」という原義にふさわしい重層的なサスペンスが入念に構築されている(ドランは撮影以前にヒッチコック作品を1本しか見ていなかったそうだが、シャワー室、イノセントな者が逃げまどうトウモロコシ畑など、ヒッチコックの映画を思い出さずにはいられない場面も)。



 バイオレンスとセンシュアリティー、ドランの新境地


 サスペンス劇にしてジャンルにとらわれることなく、トムとフランシスの間に、暴力性とセンシュアリティーが分ち難く織り込まれた関係性、加害者/被害者という対立に収束しない、お互いが不可解に惹き合ってしまう引力を描き出している点は、ドランならでは本作の達成と言えるだろう。トムとフランシスがタンゴを踊るシーンなど、文脈は全く異なるが、ウォン・カーウァイの『ブエノスアイレス』のインパクトに負けない、独自の官能性をたたえている。さらに新たな試みとして際立っているのが、音楽に対するアプローチだ。これまでのドラン作品では、ミュージックビデオのごとく、説話的な流れから独立した映像のパートと印象的なポップスやロックなどの音楽がシンクロする場面が見られたが、新作ではこれまでの特徴的な楽曲の用い方は抑えられ、映画音楽の大ベテラン、ガブリエル・ヤレド(『勝手に逃げろ/人生』『ベディ・ブルー』『イングリッシュ・ペイシェント』)が手がけたスコアが、画面展開と緊迫感を高める見事な共犯関係を築いている。とはいえ、オリジナルスコアによる「クラシカルな」演出に飽き足るドランではない。センスの良さが際立つポップスの選曲と俳優としての自信と存在感、作り手(監督・脚本・編集・衣装)として全体像を見通す力が融合され、遺憾なく発揮されるのが作品のラスト。最後の一秒、映像が途切れる瞬間にいたるまで、見る者の感性とまなざしを引きつけてやまないフィルムもそう多くはない。


©2013 – 8290849 Canada INC. (une filiale de MIFILIFIMS Inc.) MK2 FILMS / ARTE France Cinéma ©Clara Palardy

 『トム・アット・ザ・ファーム』 TOM A LA FERME

2014年10月25日(土)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷アップリンク、テアトル梅田ほか、全国順次公開

カナダ=フランス/2013年/102分/フランス語/カラー

公式サイト:http://www.uplink.co.jp/tom/


【キャスト】


グザヴィエ・ドラン(トム)


ピエール=イヴ・カルディナル(フランシス)


リズ・ロワ(アガット)


エヴリーヌ・ブロシュ(サラ)


マニュエル・タドロス(バーテンダー)


ジャック・ラヴァレー(司祭)


アン・キャロン(医者)


オリヴィエ・モラン(ポール)




【スタッフ】


監督・脚本・編集・衣装:グザヴィエ・ドラン


製作:グザヴィエ・ドラン、ナタナエル・カルミッツ、シャルル・ジリベール


原作・脚本:ミシェル・マルク・ブシャール


撮影:アンドレ・テュルパン


美術:コロンブ・ラビ


音楽:ガブリエル・ヤレド


音響:シルヴァン・ブラサール、オリヴィエ・ゴワナール


配給・宣伝:アップリンク


ムダを削ぎ落としたスタイリッシュなチラシもドラン作品にふさわしい。
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