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Column

Kiyomi Ishibashi:Cinema! 石橋今日美

2014/11/05

KYOTO ELEGY (Tokyo International Film Festival, Asian Future)『マンガ肉と僕』(東京国際映画祭、アジアの未来)

©吉本興業

 

 肉と欲と哀しみと

 『マンガ肉と僕』。軽快なフックを繰り出すようなタイトルに、まずは惹かれる。「マンガ肉」、マンガやアニメで描かれる原始時代の人々が豪快に食べている骨付きの肉だ。実際、劇中でヒロインの熊堀サトミ(監督、プロデューサーも務める杉野希妃)は、同じ大学のワタベ(三浦貴大)の下宿に転がり込み、彼を使いっ走りとして利用しては、マンガ肉をむさぼる。スリムで可愛い。そんな同世代の女の子の理想に逆行し、サトミは故意に食べ物を詰め込んでは体重を増やし、他者のまなざしと欲望に抗う。女による女のためのR-18文学賞の受賞作、朝香式の同名小説を映画化した本作は、肉と欲と哀しみについて、しっとりと、堂々と、時にユーモラスに描き出す。


 「俳優の映画」の強みと巧み

 冒頭のクレジットタイトルの大胆なパンによって、舞台である京都の街並みは十分に印象づけられる。派手なネオンやデザイン性を披瀝するような建物が登場しないロケ地の選択が、作品に一種の普遍性を与えている。凡庸な「青春映画」のように、時代の記号性におもねる軽薄さは微塵もない。作品は、気弱で人付き合いが苦手、ベランダで万願寺とうがらしを育てている法学部の学生ワタベと彼をめぐる三人のヒロイン、「デブで不潔な『肉女』」サトミ、ワタベがバイト先で知り合う菜子(徳永えり)、同じ弁護士を目指す大学の先輩さやか(ちすん)との8年間の関係性を、時のギャップを含めて追っている。原作は未読だが、小説のストーリーを都合良くつぎはぎした映画化ではなく、入念に脚本が練られている手応えを感じさせる。三人の女性像は、文字の世界から掘り起こされ、しっかりと肉付けされたキャラクター造型がなされている。観客の想定内に収まるステレオタイプという意味ではない。共感するにせよ、反発するにせよ、その人物が世界のどこかに存在するだろうと確信させながら、見る者の期待や予測を心地よく裏切ってくれる、そんな進化を遂げるヒロインたちだ。ワタベも一見、優しい「草食系」のように映るが、作品が進行するにつれて、彼なりのしたたかさや残酷さが浮き彫りになる。彼らはお互いの弱みを一種捕食しあい、他者から必要とされる存在であることの困難を体現する。


ワタベと菜子、初めての出会い  ©吉本興業

 女優としてキャリアを築いてきた監督だけに、というのはいささか安易な見方かもしれないが、例えばワタベがバイト先の料理屋で初めて菜子と対面する場面では、その他大勢の中で菜子に見えないスポットライトを当てるかのように、ワタベと親密になることを見事に予感させる。作品世界のヴィジョンを具現化するために俳優を創造物の一部として扱うのではなく、演じる側の視点に立ち、自らカメラの前に立つことができる作り手ならではの演出、「俳優の映画」の強みと巧みが全編に渡って光っていた。メガホンをとり、主演も兼ねながら、ナルシシズムの罠に陥ることなく、プロデューサーとしてのクールさも失わない。現代映画の製作をめぐる不毛なディスカッションよりも、女優、製作者、監督としてアクションを選択してきた杉野希妃のさらなる飛躍が楽しみだ。


『マンガ肉と僕』KYOTO ELEGY

日本/2014年/上映時間:94分


【キャスト】


三浦貴大(ワタベ)


杉野希妃(熊切サトミ)


徳永えり(菜子)


ちすん(さやか)


大西信満(依田)


太賀(薮野)


徳井義実(紀一)




【スタッフ】


監督/プロデューサー:杉野希妃


原作:朝香式


エグゼクティブ・プロデューサー:奥山和由


プロデューサー:中村直史


共同プロデューサー:小野光輔


脚本:和島香太郎


撮影:高間賢治


編集:リー・チャータメーティクン


音楽:富森星元

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