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Column

Kiyomi Ishibashi:Cinema! 石橋今日美

2015/05/25

DEUX JOURS, UNE NUIT『サンドラの週末』

© Les Films du Fleuve -Archipel 35 -Bim Distribuzione -Eyeworks -RTBF(Télévisions, belge) -France 2 Cinéma

 

 さりげないディテールの巧緻

 見る者が映画作品に認める、「さりげなさ」や「自然さ」は、最も「作為的・人工的な」ものでもある。何かが偶然にカメラの前を横切り、そのささやかなアクシデントが完成したフィルムにおいてドラマティックな効果をあげることもあるだろう。だが、一見何気ない俳優の動作や息づかいの音、差し込む光のニュアンスなどは、何度に重ねられるリハーサルや撮影前の入念な準備によって作り上げられるという意味において人工的だと言うことができる。ジャン=ピエールとリュック・ダルデンヌ兄弟のフィルムは現代映画においてその実に鮮やかな例であり、最新作『サンドラの休日』もまた例外ではない。


 小さなソーラーパネル工場で働くサンドラは、体調不良で仕事を休職していた。復職直後のある金曜日、彼女は突然解雇を言い渡される。社員たちにボーナスを支給するためには、ひとりを解雇する必要があるというのだ。他の仕事が容易に見つからないベルギーの町で、ようやくマイホームを手に入れたサンドラは解雇を受け入れるわけにはいかない。同僚の助けで、週明けの月曜日に16人の従業員の投票を行い、ボーナスをあきらめサンドラを選ぶものが過半数を超えれば、彼女は仕事を続けられることに。その週末、サンドラは夫とともにひとりひとりの同僚を訪ね、説得して回る。果たしてサンドラは失職の危機を回避することができるのか。無駄を削ぎ落としたストーリー、映画的な仰々しさとは無縁の台詞は比類ないサスペンスをはらむ。国家的な陰謀や息もつかせぬアクション、地球と惑星の衝突だけが、映画のサスペンスなのではない。このシンプルさにたどり着くのは容易なことではない。インターナショナルなスターとなったマリオン・コティアールのサンドラ役への起用は、ダルデンヌ兄弟の選択としては意外だが、同時にラグジュアリーブランドの顔に抜擢されるような女優が、ノーメイク、タンクトップやTシャツとデニムでほぼ出ずっぱりにして違和感を与えない世界が構築されている(とはいえ彼女の均整のとれたスタイルなどは、さすがに目をひいてしまうのだが)。賞レースを横目で見ながら、敢えて「汚れ役」に挑む女優のナルシシズムのようなものは皆無だ。


© Les Films du Fleuve -Archipel 35 -Bim Distribuzione -Eyeworks -RTBF(Télévisions, belge) -France 2 Cinéma

 

 極限のシンプルさにおける進化/深化

 これまでのダルデンヌ作品では、他に頼るものもなく孤軍奮闘する主人公の存在自体に迫る力強さとその孤独を包み込むような作り手のまなざしが強く記憶に残るが、本作のヒロインはひとりではない。サンドラと夫マニュ(ダルデンヌ作品ではおなじみのファブリツィオ・ロンジォーネ)のふたりの関係性が新鮮に映る。自らの生活と家族を守るために理不尽な解雇に立ち向かう強さと同時に、作品中ではその原因は詳述されないが、心身のバランスを崩す繊細さを持っているサンドラ。ボーナスを諦めることができないという同僚たちのそれぞれの言い分はもっともなものであり、それを聞いているサンドラは次第に自分自身を信じられなくなる。募る無力感に抵抗する気力もなく、精神安定剤の錠剤を次々に取り出すサンドラ。彼女の嘆きを受け止め、励ますマニュの存在がなければ、サンドラはより深い闇の中に沈み込んでしまっていただろう。重たい空気に包まれた車中で流れるカーラジオの音楽とつかの間のサンドラの笑顔、彼女を見守るマニュの温かさ。手持ちカメラが主人公を追走する親密さや濃密さ、一種の厳しさにかわって、本作ではダルデンヌ映画のスケールの大きさと深さが改めて実感される。極限のシンプルさにおける進化と深化を目撃する現代映画の僥倖がここにはある。


『サンドラの週末』DEUX JOURS, UNE NUIT

Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて公開中!

2014年/ベルギー=フランス=イタリア/95分

公式サイト: http://www.bitters.co.jp/sandra/

© Les Films du Fleuve -Archipel 35 -Bim Distribuzione -Eyeworks -RTBF(Télévisions, belge) -France 2 Cinéma



【キャスト】


マリオン・コティアール(サンドラ)


ファブリツィオ・ロンジォーネ(マニュ)


ピリ・グロワーヌ(エステル)


シモン・コードリ(マクシム)


カトリーヌ・サレ(ジュリエット)


バプティスト・ソルナン(デュモン氏)


オリヴィエ・グルメ(ジャン=マルク(主任))




【スタッフ】


監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ


助監督:カロリーヌ・ダンブール


撮影監督:アラン・マルコアン

カメラマン:ブノワ・デルヴォー

編集:マリ=エレーヌ・ドゾ

音響:ブノワ・ド・クレルク

美術:イゴール・ガブリエル

衣装:マイラ・ラムダン=レヴィ


制作:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ、ドニ・フロイド

エグゼクティヴ・プロデューサー:デルフィーヌ・トムソン

共同製作:ヴァレリオ・デ・パロリス、ピーター・ブッケルト

製作協力:アルレッテ・ジルベルベルク

提供:ギャガ

共同提供:ビターズ・エンド、サードストリート、KADOKAWA、WOWOW

配給:ビターズ・エンド


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