ソフトボールのレギュラーが厳しければ、ゴルフの道がある。
日立の実業団を引退する決意をした白戸選手に提案されたのは、プロのゴルファーを目指すという未知の可能性だった。年に1、2回、チームのキャンプにお手伝いに来ていたプロ野球のバッティングコーチのアドヴァイスを、間接的に知った白戸選手は、前例のない方向転換をはかる。
「通常であれば、選手が引退したら、会社に残るっていうのが当たり前。で、私だけしかいないんですけど、過去にも、今も。会社を辞めて、私はその道に行こうと思ったの」
フリーでプロのゴルフ選手を目指すという容易ではない選択をした白戸選手だったが、当時のソフトボール部の強化部長のおかげで、日立のグループ会社に籍を置き、ゴルフ場で働きながら練習に励むことになる。給与が支払われる「特別待遇」の研修生とはいえ、未経験のスポーツに挑む不安はなかったのだろうか。
「私は今もそうなんですけど、リスクっていうのをあまり考えないで動いちゃうんですよ。食べていけなくなったらとか、もうしこうなったらっていうのはなくて、やりたい、やれるかもって思ったほうにしか動かないから。リスクを考えない。なったらなったときって思っちゃうのが私ですから」
ゴルフに対するネガティブな先入観もなかった。
「そのときは、きれいな服着て、華やかで、泥まみれにならなくていいってことと、お金になるんだ、とか。で、自分一人で頑張れば、それが成し遂げられるんだっていうぐらい。だからゴルフってどんなもので、どんな大変さがあるのかは考えなかった。たぶん全部かなうんだろうなと。テレビにも映るんだとか。信じてたというよりも、疑ってなかった。そういうことが可能なんだって思えた」
人との巡り会いから生まれたチャンスを手にして、白戸選手の新たなる挑戦が始まった。
(続く)
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