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Column

Kiyomi Ishibashi:Cinema! 石橋今日美

2013/11/29

Harmony Lessons / Uroki Garmonii (TOKYO FILMeX)『ハーモニー・レッスン』(東京フィルメックス)

 第14回東京フィルメックス


 カンヌ、ベルリン、ベネチアの三大映画祭をはじめ国際映画祭を賑わせた秀作や見る機会の少ないクラシック作品の企画上映、アジアを中心とした新人監督の意欲作を集めたコンペティション部門など、独自のラインナップが光る「東京フィルメックス」。日本では「ここでしか見られない」フィルムと出会えるだけに、熱心に通う映画ファンも多いフェスティバルだ。第14回を迎えた今年のコンペティション部門には、フレッシュな才能による10作品が選定されている。




 コンペティション部門『ハーモニー・レッスン』


 その中の一本がカザフスタン出身、29歳のエミール・バイガジン監督によるデビュー作『ハーモニー・レッスン』。2013年のベルリン国際映画祭コンペティションで初上映され、その撮影に対して芸術貢献賞を贈られている。舞台となるのはカザフスタンの草原地帯にひっそりと存在する村。祖母と暮らす13歳の少年アスランが雪に覆われた庭で羊を屠殺・解体する場面から幕を開ける。羊の臓器を切り分ける様子は、その文化になじみのない者にとっては、ともすれば生々しく、センセーショナルに映りかねない。しかしここでは、血や肉の赤よりも荒涼とした雪景色の寒色系の映像の色調、沈黙の中で進められる解体作業の物音、入念に計算された固定ショットの構図が強く印象に残る。暴力や残忍さに対するある種の静観と内省、安易なエモーションに流されないストイックさ。それは作品全体を特徴づける要素となっている。


 


 バイオレンスのミクロコスモス


 アスランが通う学校は、ずらりと並んだ金属製の椅子の脚、無機質な壁や廊下が目立ち、冷たいペールカラーの空間で、ガンジーの非暴力ととともに、社会を動かす「食べ物」と「エネルギー」、「金」のシステム、銃の扱い方、ダーウィンの進化論(自然淘汰と生存競争)が説かれる。監獄や病院(実際、作品後半に登場する)にも似た学校で、アスランは他の生徒から屈辱的な扱いを受ける。彼をいじめる少年たちは不良のグループのリーダー、ボラットに金銭を巻き上げられ(ボラットが少年たちを招集する「会合」は、極めて様式化されたマフィアの集まりのようでもある)、ボラット自身は犯罪組織とつながりのある青年たちに反抗できない。アスランも単なるいじめられっ子としてメソメソしているわけではない。得意の物理の知識と手先の器用さを生かし、家に発生するゴキブリを凝った方法で一匹、一匹いたぶり、銃を手作りしてしまう。そして、自身を取り巻く世界への静かなる反抗は、彼を取り返しのつかない事件の当事者にしてしまう。派手なアクションやカメラワークを一切排し、抑制のきいた演出から、作品世界にどうしようもなく浸透している暴力の連鎖が浮き彫りにされる。


 長編処女作にして手堅い演出を披露するバイガジン監督の手腕は、キャストへのアプローチ、人物造型にも見られる。孤児で過酷な生活を生き抜いてきた素人の少年をアスランに抜擢し、台詞に頼ることなく、そのまなざしと身体性に雄弁に語らせることに成功している。主人公だけでなく、アスランの数少ない友人となる都会からの転校生ミルサインは、作品の起承転結の「承」を魅力的に体現し、教師と校則に逆らってイスラム教のヒジャブ(頭髪を包むスカーフのような布)をとろうとしない少女アクジャンの毅然とした美しさも忘れ難い。


 ゴキブリやトカゲ、水といったモチーフを効果的に配しながら、極めてリアルな寓話、寓話であってほしい現実の世界の境界に果敢に迫るフィルムのように思えた。




監督・脚本:エミール・バイガジン


2013年カザフスタン=ドイツ=フランス映画/上映時間:115

 

 

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