カンヌを賑わせた話題作
出会いは唐突に訪れる。高校生のアデルは、上級生トマとのデートに向かう途中、信号待ちをしている間、髪をブルーに染めた女性に目を奪われる。すれちがいざまにアデルに鋭いまなざしを投げかけた彼女は、トマの存在を曇らせるほどの強烈な印象を与える。ある夜、偶然入ったバーで、青い髪の女性、画家を志す美学生のエマと再会するアデル。ふたりは急速に接近し、惹かれ合うようになる。
アブデラティフ・ケシシュ監督による『アデル、ブルーは熱い色』は、さまざまな話題にこと欠かない作品だ。スティーブン・スピルバーグが審査委員長を務めた2013年のカンヌ国際映画祭では、パルムドール(最高賞)が監督だけでなく、映画祭史上、初の例外としてアデル役のアデル・エグザルコプロスとエマ役のレア・セドゥにも贈られた。制作スタッフが規定外の過酷な労働を強いられたと声を上げ、主演女優と監督の軋轢も報じられた。ヒロイン同士の情熱的なラブシーンに、人々も無関心ではいられない。
登場人物の息づかいが届くラブストーリー
エマとアデルが愛を交わす場面は、確かにリアルに、入念に撮影されている。が、その部分だけにフォーカスするのは、あまりにも作品の見方を狭めることになるだろう。本作は「同性愛の映画」というレッテルには収まらない広がりを持っており、教師となったアデルと画家として歩みだしたエマの二人暮らしの蜜月が終焉を迎えても、心動かされるシーンは多い。例えば、カフェで久々の再会を果たすふたりのシークエンス。アデルは、あらかじめエマの好みの飲み物を調べておくけなげさを忘れず、冷静に近況を聞こうとするのだが、こみ上げてくるエモーションを押さえきれない。女性同士のヒステリックな怒鳴り合いにもなりかねないシチュエーションにも関わらず、そのような「醜悪さ」はみじんもなく、ひとり残されたアデルが、復縁の可能性がない現実を引き受ける姿には思わず引き込まれる。ここで語られるのは、恋に恋し、幻滅するような皮相な物語ではない。恋愛の情熱や悦びを全身全霊で味わうだけでなく、破局後の孤独や痛みと果敢に向き合うヒロインの存在が、その息づかいを間近で感じるようにとらえられている。主人公は、一部の映画に見られるようなエキセントリックで破滅型の女性ではなく、自らの足でけなげに、しっかりと立ち、再び歩みだそうとする。作品はエマと出会う前の高校時代のアデルから、数年後のスパンをもって展開するのだが、それぞれの季節の輝きを克明にとらえ、179分という物理的な上映時間の長さを感じさせない、自由で魅惑的な時の流れを作り出している。
「熱い」ブルーを体現するヒロイン
邦題の『アデル、ブルーは熱い色』は、映画化の原作である仏コミックのタイトルに由来するが、アデルを演じるアデル・エグザルコプロスは、寒色系のブルーのワンピースを着ていても、肌のぬくもりがスクリーンから伝わってくるような、ユニークな魅力の持ち主である。キャスティングにあたっては、監督が会って食事をした際の彼女のレモンタルトの食べ方が決め手になったそうだが、実際に口元はアデルとエマのキャラクターを特徴づける。公園でのピクニックの場面で、ソーセージ類の皮をとらないで食べるのかとエマに聞かれたアデルは、そのまま丸ごと食べると答えてエマの笑みを誘い、家族の食卓ではスパゲティ・ボロネーゼを元気にほおばる。一方エマは、無邪気に食事をするよりも、クールでミステリアスな微笑を浮かべた口元、時おり半開きになるアデルの口元に対し、きりりと鋭角的に口角が上がった唇が印象に残る。口元ひとつのディテールをとっても、ナチュラルな演技とは、役柄を「もっともらしく」演じることではなく、演技者の実在性が役の虚構性を凌駕する瞬間に成立すると感じさせられる。
『アデル、ブルーは熱い色』
2014年4月5日(土)より、新宿バルト9、Bunkamuraル・シネマ、
ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
2013年カンヌ国際映画祭パルムドール受賞・国際批評家連盟賞受賞
『アデル、ブルーは熱い色』LA VIE D'ADELE CHAPITRES 1 ET 2
フランス/2013年/上映時間:179分
【キャスト】
レア・セドゥ(エマ)
アデル・エグザルコプロス(アデル)
サリム・ケシゥシュ(サミール)
モナ・ヴァルラヴェン(リーズ)
ジェレミー・ラユルト(トマ)
アルマ・ホドロフスキー(ベアトリス)
オーレリアン・ルコワン(アデルの父)
カトリーヌ・サレ(アデルの母)
【スタッフ】
監督:アブデラティフ・ケシシュ
脚本:アブデラティフ・ケシシュ、ガリア・ラクロワ
原作:ジュリー・マロ「ブルーは熱い色」(DU BOOKS発行)
撮影:ソフィアン・エル=ファーニ
音響:ジェローム・シュヌヴォワ
編集:アルベルティーヌ・ラステラ、カミーユ・トゥブキ、ジャン=マリー・ランジェレ、ガリア・ラクロワ
制作:アルカトラス・フィルム、オリヴィエ・テリ・ラピニ、ローランス・クレルク
配給:コムストック・グループ