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Column

Kiyomi Ishibashi:Cinema! 石橋今日美

2014/04/21

her『her/世界でひとつの彼女』

©Photo courtesy of Warner Bros. Pictures

 

 スパイク・ジョーンズ監督、初の単独脚本長編映画


 スクリーンいっぱいに映し出される男の顔。どこか浮かない顔つきの男は、目の前にいない女性に向けて、愛のメッセージを声に出して表現する。長年連れ添った妻への手紙のようだ。男の言葉は、手書きの文字になってコンピューターのスクリーン上に表示される。カメラが引くと、複数の男女が同じようにデスクトップの画面に向かって、手紙を音声入力する声が響くオフィスが映し出される。クライアントに代わって、家族や恋人に手紙を書く代筆サービスの会社で働く主人公セオドアの様子をとらえた『her/世界でひとつの彼女』の冒頭は、この作品における見る者のあり方を端的に予告する。耳を澄ますこと、たとえ聞こえてくる声の持ち主がどこにいるのか分からなくても、声の持ち主に実際に会うことができなくても。




 耳に寄り添う「存在」をめぐるラブストーリー


 幼なじみだった妻キャサリンと別居し、離婚調停中であっても、彼女への想いを断ち切れないでいるセオドア。ユーザーとのカスタマイズされたコミュニケーションが可能な最新型のAI(人工知能)型オペレーティング・システム「OS1」の広告を偶然目にした彼は、そのソフトウェアをダウンロードする。OSの起動後に聞こえてきたのは、サマンサと名乗る快活で、ユーモアに富んだ若い女性の声。セオドアの自宅と職場のPC、携帯端末のデータを管理し、ワイアレスのイヤホンさえあればいつでも対話できるサマンサに、彼は次第に心を開き、恋に落ちる。


 ロボットやリアルな人形などに深い思い入れを抱く男性のストーリーは古くから映画や小説などの題材になっているが、『her/世界でひとつの彼女』を特徴づけるのは、ヒロインの声の遍在性だ。「冴えない」孤独な中年の主人公に見る者がすんなりと共感するにせよ、しないにせよ、観客は彼とともにサマンサの声の「存在」を絶えず受け止めることになる(彼女は映像の形では一切登場しない)。その意味で、サマンサ役が当初キャスティングされていたサマンサ・モートンからスカーレット・ヨハンソンに変更されたのも理解に難くない。雑誌のグラビアや広告キャンペーンに登場するイメージの「グラマラスさ」、声だけで見る者の幻想や想像力をかき立てる要素が必要となってくる役柄だからだ。


 聴覚に寄り添う「存在」だからこそ生まれる親密さ。一方で触れ合うことができないもどかしさ。両方の感情に揺れながら(サマンサは心を持つことへの戸惑いに立ち止まるほど「旧型」のOSではない)二人が距離を縮めてゆく過程を作品は丁寧に描いてゆく。恋人たちの欲望とエモーションがクライマックスに達するラブシーンで、監督スパイク・ジョーンズがスクリーンに提示するものは、本質的に音声を媒介にした関係をなぜ、どのように映画にするのか、という問いへの素直かつ大胆な回答のように思えた。




 新しく、懐かしい未来


 作品の舞台に設定されている「そう遠くない未来」のロサンゼルスは、OSとの恋愛という題材へのアプローチとして成功を収めている。さまざまなデバイスへの音声認識が現実に可能な今日、あからさまにSF的な乗り物やセットは、逆に時代錯誤の感を与えるだろう。ヴィンテージからインスパイアされた登場人物たちの衣装、ロサンゼルスと上海のロケ映像をデジタル処理で絶妙にミックス、編集した都市風景、近未来的なシャープさやメタリック感よりも、どこかにあたたかみを持たせた画調。「新しさ」と「懐かしさ」が入り交じった作品世界の構築は、スパイク・ジョーンズの真骨頂と言える。


 本作における「懐かしさ」の感覚はセオドアの過去の痛み、喪失感と無関係ではないだろう。共に成長した妻キャサリンとの離婚届にサインをする行為、現在の恋人に対する彼女のリアクションは、幸福な日々のフラッシュバックとともに、サマンサとの恋愛の進展とコインの裏表のように影響し合う。喪失の体験にどう向き合うか。「ヴァーチャルな」恋人という表現が想起させかねない「軽さ」に反逆するテーマが脈々と流れているような気がした。


©Photo courtesy of Warner Bros. Pictures

her/世界でひとつの彼女』

628日(土)新宿ピカデリーほか全国ロードショー



2014年アカデミー賞®オリジナル脚本賞&ゴールデン・グローブ賞脚本賞受賞


『her/世界でひとつの彼女』 her


アメリカ/2013年/上映時間:126分



【キャスト】


ホアキン・フェニックス(セオドア)


エイミー・アダムス(エイミー)


ルーニー・マーラー(キャサリン)


オリヴィア・ワイルド(デートの相手)


スカーレット・ヨハンソン(サマンサ)




【スタッフ】


監督・脚本・製作:スパイク・ジョーンズ


製作:ミーガン・エリソン、ヴィンセント・ランディ


撮影:ホイテ・ヴァン・ホイテマ


美術:K.K.バレット、ジーン・サーデナ


編集:エリック・ザンブランネン


音楽:アーケイド・ファイア、オーウェン・パレット、カレン・O


配給:アスミック・エース

 

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