彼と彼女、複数のラブストーリー
映画には一本で終わる潔さがある。シリーズものの作品であっても、TVドラマほどエンディングで露骨に次回作への期待をあおることはできない。当然といえば当然のこの性質に対し、例えばクシュシュトフ・キェシロフスキの「トリコロール三部作」は、三つのフィルムが部分的に交錯し、それぞれ関係性を紡ぎだすというヴァリエーションをなしていた。さらにラディカルなアイディアを形にしたのが、ネッド・ベンソンによる『ラブストーリーズ コナーの涙』と『ラブストーリーズ エリナーの愛情』だ。本作が長編処女作となるベンソン監督は、一組のカップルの別離と再生を男女それぞれの視点からとらえ、「ラブストーリー“ズ”」と複数の物語に仕上げた(原題は、ビートルズの曲と同じ名前を持つヒロインの失踪をHIMとHERのバージョンとしてタイトルにしている)。もちろん、それぞれの作品を単体として鑑賞することもできるが、『コナーの涙』と『エリナーの愛情』のどちらを先に見るかで描かれる同一の事象に対する印象も変わり、二本のフィルムを通して化学反応のようにわき起こるエモーションは連作ならではの映画体験となる。
『ラブストーリーズ』の両作に共通しているのは、コナー(ジェームズ・マカヴォイ)とエリナー(ジェシカ・チャスティン)の間に何が起ったのか、ふたりの関係を終焉に導いたであろう出来事の情報が劇中、ほとんど提供されないことである。カップルの幼い子供の死という予備知識を持って『エリナーの愛情』を最初に見ると、ヒロインの深い喪失感と何とか再び動き出そうとする葛藤が痛切に伝わってくる。ロングからばっさりと切ったショートヘア(チャスティンの新たな魅力を存分に引き出したスタイル)、新たな居場所を探すように聴講生として出席する大学の講義、ひとりきりで横たわる実家のベッド、クローゼットの奥に隠した家族の写真。エリナーの視点からは突然のように映るコナーとの再会と最悪の事態を逃れるアクシデントも、彼女は表面的には驚くほどそっけなくかわす。『エリナーの愛情』の後に『コナーの涙』を見ると、パズルのピースがそっと組み合わされるように、先の作品で残されていた隙間が見る者の中で埋まってゆく。ふたりの関係性の時系列がより浮かび上がってくるのも、彼のバージョンにおいてである。過去と決別しようとするエリナーに対し、コナーは彼女を取り戻そうと奔走する。家族との関係のコントラストも明確となる。イザベル・ユペールとウィリアム・ハートというビッグネームをキャスティングした両親をはじめ、エリナーの場合、それぞれのメンバーが再生のプロセスに存在感を残すが、コナーの場合、同じレストラン業界で働く父親が登場するだけで、独り身の男同士のやり取りが孤独感を強める。
ジェンダーを超えた個の共鳴と反発
家族に見守られながら大学に通い、フランス留学を果たすエリナーと、レストランの仕事を新たに軌道にのせ、ステップアップするコナー。「自分磨き」と仕事、あるいは女性は過去を「上書き」し、男性は「別名保存」するといった俗に言われる男女の差だけで、本作を理解しようとする試みは有益ではないだろう。二つのストーリーの起源は、あくまで性差に集約できない個人の思考や感受性、体験などの差異の集積にある。エンディング近く、ともに暮らしていたアパートでふたりが一夜を過ごす場面は、二本のフィルムで細かい描写の違いが際立っており、子供を失った「同志」のジェンダーを超えた絆と、別れを選択した「他者」の決定的な違い、相反する心のあり方に克明に迫る演出がなされている。
高らかな音楽が響き渡るようなハッピーエンドでもなく、悲観的な幕切れでもない、見る者のイマジネーションを刺激するラスト。トレンチコート姿で公園を歩くエリナーの着こなしが、颯爽とエッジの効いたフレンチシックを印象づける。コスチュームが語りかけてくる作品としても記憶に残る(衣装を担当しているのは、同じくニューヨークを舞台にしたゾエ・カサヴェテスの『ブロークン・イングリッシュ』やソフィア・コッポラの『SOMEWHERE』や『ブリングリング』の衣装を手がけているステイジー・バタット)。
『ラブストーリーズ コナーの涙 | エリナーの愛情』THE DISAPPEARANCE OF ELEANOR RIGBY:HIM and HER
2015年2月14日(土)より、 ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー!
アメリカ/2013年/『コナーの涙』95分、『エリナーの愛情』105分/シネマスコープ/カラー
公式サイト:http://www.bitters.co.jp/lovestories/
【キャスト】
ジェームズ・マカヴォイ(コナー・ラドロー)
ジェシカ・チャスティン(エリナー・リグビー)
ヴィオラ・デイヴィス(フリードマン教授)
キーラン・ハインズ(スペンサー・ラドロー)
イザベル・ユペール(メアリー・リグビー)
ウィリアム・ハート(ジュリアン・リグビー)
ニーナ・アリアンダ(アレクシス)
ビル・ヘイダー(スチュアート)
ジェス・ワイスクラー(ケイティ・リグビー)
【スタッフ】
監督・脚本:ネッド・ベンソン
製作:カサンドラ・カカランディス、ネッド・ベンソン、ジェシカ・チャスティン、エマニュエル・マイケル
撮影:クリス・ブローヴェルト
編集:クリスティーナ・ボーデン
音楽:Son Lux
衣装:ステイシー・バタット
提供:パルコ、マクザム、ビターズ・エンド、サードストリート
配給:ビターズ・エンド、パルコ
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