ウディ・アレンの作品をフォローすることは、小粋な定食屋(あるいはフランスでの監督の人気を考慮するとビストロか?)に通うようでもある。流行の調理法に走るような一品や珍妙な素材を実験的に用いた品が供されることはない。一定のベース(ジャンル)を劇的に変化させることなく、旬の素材(キャスト)を取り入れながら、独自のスパイス使い(シニシズム、軽妙さとユーモア、厭世観など)で得意のテーマをヴァリエーション豊かに展開する。新作『マジック・イン・ムーンライト』も、疑惑と信念、現実と異次元の世界、リアリズムと魔術、理性的・合理的なロジックと目には見えない力といったこれまでの作品に通じる要素から構成されている。
予定調和に仕掛けられた恋のマジック
舞台は1920年代、陽光と紺碧の海の輝きが眩しい南フランスのリゾート地。“東洋の魔術師”として名を馳せる中国人の奇術師としてステージに立つ、イギリス人のマジシャン、スタンリー・クロフォード(コリン・ファース)のもとに幼なじみの友人がある依頼を持ちかける。資産家の人々に取り入り、大金を巻き上げている疑惑のある占い師の正体を暴いてほしいという。婚約者とのガラパゴス旅行を延期したスタンリーは素性を隠し、コート・ダジュールに乗り込む。そこで出会ったのは、若くて笑顔が抜群に魅力的なアメリカの占い師ソフィ・ベイカー(エマ・ストーン)。死者の霊の存在など毛頭信じていない、強烈な皮肉屋かつ現実主義者のスタンリーと快活で一見無邪気なソフィ。水と油の組み合わせに思える二人に、アレンはロマンスのマジックを仕掛ける。
カップリングが到底成立しそうにない男女が最終的には惹かれ合う、という流れは、ハリウッド古典映画から定番であり、そこに新鮮さや驚きはない。実際、本作はかなりの年齢差があるカップルの成立を描いた古典的フィルムに目配せをしているのではと思わせる部分もある。一方、クラシカルなスクリューボール・コメディは異なるのは、強烈な皮肉と毒舌を繰り出すスタンリーにソフィは同じトーンで対抗せず、天真爛漫さを失わない点だろう。ソフィは、ジェンダーの差、スタンリーのお堅いリアリズムや懐疑的な物言いを打ち負かし、自身の優位や正当性を主張しない。スタンリーを追うことなく、資産家の御曹司(スタンリーの目から見ればナヨナヨの「ウクレレ男」)に追わせ、結果的に二人の男性の心をつかむキュートさを発揮する。エマ・ストーンのソフィ役への起用は非常に効果的であり、見る者が吸い込まれそうな大きな瞳の引力や淡いパステルカラーのデリケートなヴィンテージのドレスが映える白い肌の透明感を名匠ダリウス・コンジのキャメラが十二分に引き出している。そのチャーミングなキャラクターと、やり手のステージママ風の母親を同伴し、真剣に霊視を行う「胡散臭さ」のギャップからも目が離せない。
作品の時代設定にこだわり、洗練された優雅さを漂わせるロケーションとセット、衣装を用意し、さまざまな意味で対照的な男女がコミカルな矛盾と相違を乗り越えてゆく本作は、その作品へのアプローチから現代の「古典」の贅沢さとノスタルジックなフィーリングを持ち合わせている。皮肉屋にして恋愛のミステリアスな可能性をどこかで信じているだろうと思わせるウディ・アレンならではのフィルムだ。
『マジック・イン・ムーンライト』 MAGIC IN THE MOONLIGHT
4月11日(土)新宿ピカデリー、丸の内ピカデリー、Bunkamura ル・シネマ他、全国公開
公式サイト:http://magicinmoonlight.jp
監督&脚本:
ウディ・アレン
『ブルージャスミン』『ローマでアモーレ』『ミッドナイト・イン・パリ』
出演:
コリン・ファース
『裏切りのサーカス』『英国王のスピーチ』『シングルマン』
エマ・ストーン
『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』
『アメイジング・スパイダーマン』『ヘルプ ~心がつなぐストーリー~』
マーシャ・ゲイ・ハーデン
『ミスティック・リバー』『ポロック 2人だけのアトリエ』
2014年/アメリカ=イギリス/英語、仏語/98分/シネマスコープ/カラー
【キャスト】
アイリーン・アトキンス(ヴァネッサおばさん)
コリン・ファース(スタンリー)
マーシャ・ゲイ・ハーデン(ベイカー夫人)
ハミッシュ・リンクレイター(ブライス)
サイモン・マクバーニー(ハワード・バーカン)
エマ・ストーン(ソフィ)
ジャッキー・ウィーヴァー(グレース)
【スタッフ】
監督・脚本:ウディ・アレン
製作:レッティ・アロンソン、スティーブン・テネンバウム、エドワード・ウォルソン
共同製作:ヘレン・ロビン、ラファエル・ベノリエル
製作総指揮:ロナルド・L・シェ
共同製作総指揮:ジャック・ロリンズ
撮影監督:ダリウス・コンジ
美術:アン・セイベル
編集:アリサ・レプセルター
衣裳:ソニア・グランデ
キャスティング:ジュリエット・テイラー、パトリシア・ディチェルト
提供:KADOKAWA、ロングライド
配給:ロングライド
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