『マイ・インターン』は一見、『プラダを着た悪魔』(2006)のヒロイン、アンドレアのその後の躍進を描いたように見える。アン・ハサウェイ扮する主人公ジュールズは、自ら立ち上げたファッション小売りサイトを急成長に導き、200人を超えるスタッフを抱えるCEOとして多忙な日々を送る。『セックス・アンド・ザ・シティ2』の衣装を手がけたスタッフが本作にも参加しているとなると、「ファッション映画」への期待はさらに高まるだろう(「ファッションのためのファッション」を大胆に追究するパトリシア・フィールドは不参加)。しかし、『プラダを着た悪魔』が、ハイファッションの着せ替えだけでは成立せず、鬼編集長ミランダ(メリル・ストリープ)と「いじめっ子」の同僚(エミリー・ブラント)と古典的なシンデレラの登場人物の構図を援用して、アンドレアのサクセスとけなげなキュートさを印象づけていたように、『マイ・インターン』では、ロバート・デニーロが演じる70歳のシニア・インターン、ベンとジュールズの関係性が、流行として消尽されないフィルムの魅力を形成している(ジュールズ役に想定されていたティナ・フェイ、リース・ウィザースプーンの顔ぶれからは、ファッションムービーの制作意図は読み取りにくい)。トレンドは色あせても、スタイルは不変。カジュアルな職場でもスーツにネクタイ、シャツは必ずパンツにイン。もはやネットオークションでしか入手できない革のアタッシュケースと、涙する女性に差し出すためのハンカチを携帯する「ダンディズム」。「絶滅危惧種」と劇中で評されるベンの揺るぎないスタイルは、ある意味、ハイブランドのアイテムをさりげなく日常に落とし込んだジュールズの着こなし以上に新鮮なインパクトで見る者をひきつける(本作で映し出されるのは、ジュールズのワードローブではなく、ベンの亡き妻を偲ばせる、クラシカルなアイテムが整然と並ぶ彼のウォークイン・クローゼットだ)。
ヒップなファッションサイトがオフィスを構える建物は、改装前、ベンが長年勤め上げた電話帳制作会社の場所だった。その事実を共有することで、ジュールズとベンの間には、距離は世代やポジションを超えた親密さが一層深まるように思える。ベンがジュールズに見せるプロフェッショナルな献身と専心は、彼女のビジネスへの情熱とハードワークを彼が理解し、リスペクトしているからこそ。「同志」のような信頼関係を育むデ・ニーロとアン・ハサウェイの俳優同士の化学反応が予想以上に功を奏している。明らかに場違いな空間に足を踏み入れながら、周囲の若いスタッフと自然に打ち解け、経験に裏打ちされた「人間力」と寛容さを発揮するデ・ニーロには、仕事に奔走する殺気立った女性も心をほぐされることだろう。スコセッシやデ・パルマ作品の役柄からは想像もつかないベンの「愛らしさ」は、俳優としてのデ・ニーロの経験の力と余裕の証明でもある。
有望なキャリアをなげうって、妻を全面的にサポートする「イクメン」に恵まれても、仕事とプライベートのバランスを取ることは困難であり、専業主「夫」と専業主「婦」の性別が入れ替わっただけで、社会の構造が変わったわけではない。ジュールズが直面する私生活における危機はリアルだ。ナンシー・マイヤーズの作品世界はおとぎ話ではない。同時に、若さと美しさが圧倒的な価値基準となる男性中心の映画業界で、彼女は通常なら面倒で煩わしいと思われるテーマを、年を重ねることに対する寛容さとユーモアを持って描く。もう一歩、踏み出すこと。もう一度、夢を見ること。それぞれのステージにいる人々の多様なあり方の可能性を信じることは、決して夢物語ではない。
『マイ・インターン』
The Intern
2015年/アメリカ/121分
10月10日(土)、全国ロードショー
公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/myintern/
【キャスト】
ロバート・デニーロ(ベン)
アン・ハサウェイ(ジュールズ)
ルネ・ロッソ(フィオナ)
アダム・ディバイン(ジェイソン)
アンダース・ホーム(マット)
ジョジョ・カシュナー(ペイジ)
リンダ・ラビン(パティー・ポメランツ)
ザック・パールマン(デイビス)
アンドリュー・ラネルズ(キャメロン)
リスティーナ・シェラー(ベッキー)
【スタッフ】
監督/脚本/プロデューサー:ナンシー・マイヤーズ
プロデューサー:スザンヌ・ファーウェル
製作総指揮:セリア・コスタス
撮影:スティーブン・ゴールドブラット
美術:リスティ・ズィー
編集:ロバート・レイトン
衣装:ジャクリーヌ・デメテリオ
音楽:セオドア・シャピロ
配給:ワーナー・ブラザース映画