移ろいゆく時の流れに強い関心を抱き、様々なアプローチで時間の経過に迫ってきたオリヴィエ・アサイヤス。最新作『アクトレス ~女たちの舞台~』では、彼の映画のフィロソフィーでもある過ぎ行く時間を、現実とフィクションのせめぎ合いの内に、ひとりの大女優のキャリアに重ね合わせ、濃密かつドラマチックに浮き彫りにした。『イルマ・ヴェップ』(1996年)、『クリーン』(2004年)のマギー・チャンをはじめ、女性(女優)が作品展開の中枢を担ってきたアサイヤス作品だが、本作のキャスト、主人公のベテラン女優マリア・エンダースにジュリエット・ビノシュ、マリアのパーソナルアシスタント、ヴァレンティンにクリスティン・スチュワート、そしてマリアと舞台劇で共演するハリウッド映画の新星ジョアンにクロエ・グレース・モレッツという顔ぶれによって、単なるネームバリュー以上にグラマラスで刺激的な競演が実現した。
ノスタルジアに逆らって—女優たちの時間
美貌と人気の衰えに怯える大物女優と、若さとスキャンダラスな華やかさでベテランを脅かす若手女優。あるいはスター女優にけなげに付き従いながら、虎視眈々とデビューの機会をうかがう女優志望のマネージャー。『イブの総て』のような構図や女優(のルックス)にとっての時の流れの残酷さは、本作の核心的なテーマではない。確かに新進演出家のクラウスが「マローヤのヘビ」のリメイクを手がけるにあたってマリアに熱心にオファーするのは、彼女がかつて演じた二十歳のヒロイン、シグリッド役ではなく、シグリッドに翻弄され、自殺に追い込まれる会社経営者ヘレナ役であり、そこには時間の不可逆性がもたらす一種の残酷さがある。「マローヤのヘビ」の稽古中、マリアは自身の経験から新たにシグリッドに扮するジョアンに助言するが、ジョアンは不敵な微笑を浮かべて、シグリッドに観客の注意を引きつけるための演技のアドヴァイスを一蹴する。彼女から見たヘレナは、何もかも終わった女性でしかない。しかし、時とともに失われたものに拘泥し、嘆息する余裕はマリアをはじめ、本作の女優たちにはない。移動中も慌ただしく複数のモバイル端末を操作しながら、マリアのスケジュールを調整し、仕事のオファーをチェックするヴァレンティン。メデイアを騒がせるジョアンに興味を抱き、彼女の画像をインターネットで検索するマリア。パパラッチに追われ、マスコミの前ではお騒がせ女優のアティチュードを見せるジョアン。本作にノスタルジーの「死んだ時間」はない。無数のイメージやデジタル情報が現れては消えてゆく、めまぐるしさとスピード、緊迫した時間性が支配的だ。
越境する映画、ヒロインたちのプリズム
一瞬、一瞬、過ぎ去ることでしか感じ取れない時のあり方に呼応するかのように、本作のヒロインたちはフィジカルに動き続ける。「マローヤのヘビ」の役づくりのために、マリアを発掘した劇作家で戯曲の原作者、今は亡きメルヒオールの山荘に滞在するマリアとヴァレンティンは、湖と渓谷が織りなす崇高で神秘的な風景が、ニーチェやプルーストなどをインスパイアしたシルス・マリアの山道を歩き回る。細い道を歩きながら、あるいは山荘の中を舞台に見立てて部屋から部屋へ、庭へと移動しながら、ふたりは台詞を読み合わせ、役柄について、マリアのキャリアについて、若さと成熟について、意見をかわす。ピッチの速いダイアローグの応酬が眩惑的な魅力を放つのは、ヘレナ/シグリッドの関係が、マリア/ヴァレンティンの関係と重なり合い、入り組み合いながら、虚と現実が判別できない時空間の深淵、ヒロインたちのプリズムを形成するからだ。ヘレナとシグリッドの同性愛的な主従関係のねじれは、マリアとヴァレンティンの公私の距離の近さ、親密さが生み出す依存性と反発とスリリングに重なり合う。彼女たちが少女のようにはしゃぎながら湖の中へ裸で飛び込んでいくシーンで、ヴァレンティンが着用している男性用のボクサー風の下着と、珍しくマリアのそばを離れて男性とデートし、帰宅したヴァレンティンが、ベッドの上で疲労から疲れて眠りこけている際に身につけている黒のセクシーなランジェリー。それをふとのぞき見てしまうマリア。見る者をドキリとさせる下着の対比が、ヴァレンティンの知られざる顔、はかり知れない存在の広がり実に鮮やかに示唆する。『アリスのままで』では、ジュリアン・ムーアとの共演でまったくひけをとらなかったクリスティン・スチュワートは、本作ではジュリエット・ビノシュを相手に、ぶれのない、スリリングな演技で観客を虜にする。作品中で、マリアらが口にする「マローヤのヘビ」とは、シルス・マリアがあるスイス、エンガディン地方で初秋の早朝に、白い雲が大きなヘビのように峠をうねりながら進む、独特の気象現象も意味する。「マローヤのヘビ」の出現と忽然と姿を消すヴァレンティン。蛇行する雲の壮麗なショットにパッヘルベルのカノン。一瞬という時の強さと美しさ、はかなさが鮮烈に脳裏に焼き付くシーンだ。
ジュリエット・ビノシュの活躍は、もはやフランス映画という枠組みに収束しないことは周知の事実であるが、オリヴィエ・アサイヤスも、ドメスティックに充足する狭義の「フランスの映画」を超えて、常に新しい才能と出会い、自らの映画のフロンティアを更新し続けている。本作ではドイツ人キャストを的確に配し、世代や国籍の違いにとらわれないコラボレーション作を完成させた。そもそも映画とは、越境する運動ではなかったか。越境する映画のダイナミズムに感性が改めて覚醒し、その醍醐味を堪能できる一本だ。
『アクトレス ~女たちの舞台~』
2014年/フランス・スイス・ドイツ/124分/カラー/シネスコ
10月24日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国順次公開
公式サイト:http://actress-movie.com
【キャスト】
ジュリエット・ビノシュ(マリア・エンダース)
クリスティン・スチュワート(ヴァレンティン)
クロエ・グレース・モレッツ(ジョアン)
ラース・アイディンガー(クラウス)
ジョニー・フリン(クリストファー)
アンゲラー・ヴィンクラー(ローザ)
ハンス・ツィシュラー(ヘンリク・ヴァルト)
【スタッフ】
脚本・監督:オリヴィエ・アサイヤス
製作:シャルル・ジリベール
共同製作:カール・バウムガルトナー、タナシス・カラタノス、ジャン=ルイ・ポルシェ、ジェラール・ルーイ
製作総指揮:シルヴィ・バルテ
撮影:エリック・ル・ソー
美術:フランソワ=ルノー・ラバルテ
音響:ダニエル・ソブリノ
衣装:ユルゲン・ドーリング
編集:マリオン・モニエ
配給:トランスフォーマー
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