「SIMカードと一緒」と自己紹介をするフランソワ・シムは、その苦虫をつぶしたような顔(熟成されたしかめっつらがデフォルトのジャン=ピエール・バクリ)をみて、幸運がダッシュして逃げ出しそうな中年男だ。妻と計画した旅行は、離婚によって実現せず、仕事も失い、携帯電話を盗まれる。空港で知り合った若い女性に夕食に誘われて浮き立つも、ロマンティックな展開は期待できず、うさばらしに身分を偽って元妻とチャットでやり取りする。思いがけず「エコな歯ブラシ」の営業のポストを手にした彼は、セールスの旅で南仏に向かうが…
フィルムはシニカルな笑いを誘う無害なコメディのように幕を開けるが、ヨットレース最大の謎とされている、ドナルド・クローハーストの失踪事件、シム氏の少年時代のエピソードなど複数の伏線が導入され、主人公の「terrible privacy」(イギリスの小説家ジョナサン・コーの”The Terrible Privacy of Maxwell Sim”が原作)をめぐって予想外のスケールと深みをもって展開する。元妻を訪ね、久々に会った娘と遠出のドライブに繰り出すも、さんざん道に迷い、無断で娘を連れ出したと叱責されるシム氏。少年の頃の憧れの人、ルイージャとの再会を果たし、エキゾチックでセンシュアルな魅力に改めて心を奪われながらも、一歩を踏み出せない男性としての情けなさ。エマニュエルと名付けた、カーナビゲーションの女性(の音声)と「関係」を深めながら、セールスの仕事を投げ出して、雪景色の中を社用車でひた走る孤独。絶望に突き進むかと思いきや、巧妙に練られたシナリオは「寸止め」で破滅を回避する。ほとんどワンマンショー、出ずっぱりのバクリをはじめ、ファム・ファタルならぬ彼の「運命の男」的な役割を果たすサミュエル役のマチュー・アマルリックやルイージャ役のヴァレリア・ゴリーノなど、的確でタレント豊かなキャスティングは見事。個性的なロードムービーとしても楽しめる。
『シム氏の大変な私生活』The Terrible Privacy of Mr. Sim | La vie très privée de Monsieur Sim
2015年 フランス/カラー
【キャスト】
ジャン=ピエール・バクリ(フランソワ・シム)
イザベル・ジェリナス(カロリーヌ)
クリスチャン・ブイエット(ジャック)
ヴィマラ・ポンス(ポピー)
ヴァレリア・ゴリーノ(ルイージャ)
マチュー・アマルリック(サミュエル)
【スタッフ】
監督:ミシェル・ルクレール
脚本:バヤ・カスミ
ライン・プロデューサー:マリアンヌ・ジェルマン
作曲:ヴァンサン・ドレルム
衣装:イザベル・パネティエ
撮影:ギヨーム・デフォンテーヌ
美術:ジャン=マルク・トランタンバ
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