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Column

Kiyomi Ishibashi:Cinema! 石橋今日美

2016/04/14

The Sea of Trees『追憶の森』

©2015 Grand Experiment, LLC.

  荒涼とした砂漠の中をさまよい続ける二人の青年。ガス・ヴァン・サントの最新作『追憶の森』(2015年)は、『GERRY ジェリー』(2002年)の極限状態における彷徨を想起させる。しかし、マット・デイモンとケイシー・アフレックの彷徨は、それが言うなれば「無償の」ものであり、そこにはゴールも、何らかの代償も存在しなかったがゆえに、その圧倒的な空間性とともに、見る者の原始的な感覚に訴えかけた。砂漠を「倒錯的に」移動する青年たちや、『エレファント』(2003年)の熱っぽい体に無防備な美しさをたたえたティーンエイジャーたちと異なり、『追憶の森』の二人の男たち、マシュー・マコノヒー扮するアーサーと、渡辺謙が演じるタクミはただ年を重ねているだけではなく、存在に重くのしかかる過去と過剰なemotional baggageを抱えている。少年少女たちは、何を考えているのか、何を感じているのか把握できない不透明さに包まれていたが、アーサーとタクミは、黙していてもその存在からは生に別れを告げようとする苦渋と癒されぬ喪失感がにじみ出ている。

©2015 Grand Experiment, LLC.

 「死ぬには最高の場所」とインターネットで検索し、たまたま目にした青木ヶ原に片道切符のフライトで向かったアーサー。なぜアメリカではなく、遠く離れた土地まで向かう必要があったのか。それは彼自身にも分からないかもしれないし、少なくとも本作の本質ではないだろう。死を決断した者の想いは、容易に一般化されるものではない。アーサーが樹海で出会った日本人タクミにも、そこに足を踏み入れる事情が存在するはずだが、それはあくまで想定にとどまる。彼らの魂の彷徨において、フラッシュバックで明かされるのは、アーサーと妻を襲った出来事である。アーサーと妻を引き裂いた過去の不条理さと暴力性は、作品世界の現在という時において、彼が置かれた状況と残酷に対比される。いかに夫と妻が、日常の些細な行為においても、お互いを傷つけてきたか。樹海でめぐりあった他者に語る男と、黙して語らぬ男。アーサーとタクミの言語/非言語のコントラストも、渡辺謙の起用とともに、強く印象に残る。果たしてタクミは、血の通った、実在する人物だったのか?現実世界の活動から隔絶された、鬱蒼とした森の奥という場所の固有性は、作品展開における心の痛みをともなうエモーショナルな高まりと心理的・視覚的な陰影に、清らかな寓話的ニュアンス、ポエティックな包容力をもたらす。 


 さまざまなキーワードとモチーフが、絶望の縁で絡み合い、ほのかな光が再び見いだされる。本作においてガス・ヴァン・サントが挑んだのは、そんな現代の「恩寵のシナリオ」ではなかったか。

©2015 Grand Experiment, LLC.

『追憶の森』The Sea of Trees

2015年/アメリカ/111分


4月29日(金・祝)TOHOシネマズ シャンテ他全国公開

オフィシャルサイト http://tsuiokunomori.jp

【キャスト】


マシュー・マコノヒー(アーサー・ブレナン)


渡辺謙(ナカムラ・タクミ)


ナオミ・ワッツ(ジョーン・ブレナン)


【スタッフ】


監督:ガス・ヴァン・サント


脚本:クリス・スパーリング


製作:クリス・スパーリング、ケン・カオ、ギル・ネッター、


ケヴィン・ハロラン、F・ゲイリー・グレイ、E・ブライアン・ドビンズ、


アレン・フィッシャー


撮影:キャスパー・タクセン


プロダクション・デザイン:アレックス・ディジェルランド


衣装デザイン:ダニー・グリッカー


編集:ピエトロ・スカリア


音楽:メイソン・ベイツ


配給:東宝東和


提供:パルコ ハピネット

©2015 Grand Experiment, LLC.
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