アリス役のミア・ワシコウスカをはじめ、マッドハッターに扮するジョニー・デップ、白の女王のアン・ハサウェイと赤の女王ヘレナ・ボナム=カーター。前作『アリス・イン・ワンダーランド』(2010年)のスターキャストと脚本のリンダ・ウールヴァートンはそのままに製作された『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』は、事実上の続編でありながら、前作を見終えた後とは異なる印象を残す。少なくとも、ベースとなっているはずのルイス・キャロルの世界観とは、隔絶していると言わざるを得ない(もちろん、原作の忠実な映画化がめざされているわけではないが)。それは、前作でメガホンをとったティム・バートンが製作にまわり、メガバジェットの作品を手がけるには心もとない経験とフィルモグラフィーの持ち主ジェームズ・ボビンが監督を務めた、監督の交代劇だけに由来するものなのか?
船長として活躍していたアリスが、再びワンダーランドに誘われ、悲しい過去に心を奪われているマッドハッターを救うために時間をさかのぼり、「時間の番人」と戦う『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』。作品全編に、これでもかとVFXを盛り込み、クラシカルでロマンティックな「不思議の国」よりも、スター・ウォーズやロード・オブ・ザ・リングのシリーズの世界さえ彷彿とさせる、デジタル視覚効果の極彩色のリッチな絵巻物に仕上がっている。アリスのコスチュームをはじめ、英国らしいキッチュでクレイジーなスタイルは、確かに見る者を楽しませてくれる。しかし、壮大な打ち上げ花火の連続のような、息もつかせぬVFXの展開の一方で、登場人物たちのダイアローグに耳を澄ませ、感性とエモーションが作品世界とじっくり対峙するモーメントに恵まれない。「時間の旅」と題されているだけあって、アリスは異なる時空間を次々と移動するのだが、それぞれの移動があまりにもあっけなく、鏡の上をすべっているかのようなフラットさがつきまとう。異次元の移動といえば、映画にとって親愛なるテーマであり、ひとつの時空間から別の時空間へ移動するだけで、一本の作品のエネルギーを傾注するに値するはずだ。
デジタル映像技術によるビジュアルの華やかさの偏重は、俳優の存在感自体にも影響しているように思われる。現実の時空間に身をおき、触知可能なオブジェや人物を相手にする「アナログな」映画製作の時代の俳優に求められていた演技力と、今日のハリウッド娯楽大作の主演キャストに要求される演技力では、その意味は変わってしまった。本作のような撮影現場においては、グリーンバックを背景に、目の前には存在しない事物に反応してみせる「迫真性」が演技として欠かせない(かつてのトム・クルーズのお家芸)。共演する生身の俳優同士の間で生じる化学反応、ワンテイクごとに微妙に進化する声色や息づかい、まなざしといった、ポストプロダクションに依存せずとも、ある画面の中で完結する「生々しい」ディテールから織りなされる存在感やテクスチャーが極限まで希薄になり、デジタル特有の過剰さが支配する。その結果、マッドハッター役のジョニー・デップに顕著なのだが、ハリボテのような生彩のなさ、ぎこちなさが漂う。
異次元を移動するハードルをものともせず、重層的な時間を表層的に旅する本作のアリスは、インターネットのウィンドウをいくつも開いてナビゲートする感覚を体現しており、それ自体、ある現代性を表しているのかもしれない。人々のイマジネーションの中に、ワンダーランドはもっとシンプルに存在していたはずだ。ヒューマンなスケールに合致した「不思議の国」をノスタルジックに思い返してしまった。Eye candyとしてはこの上なくラグジュアリーな作品である。
『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』
ALICE THROUGH THE LOOKING GLASS
2016年アメリカ映画/カラー/ビスタサイズ/1時間53分
7月1日(金)全国ロードショー
http://www.disney.co.jp/movie/alice-time.html
【キャスト】
ジョニー・デップ(マッド・ハッター)
アン・ハサウェイ(白の女王)
ミア・ワシコウスカ(アリス)
リス・エヴァンス(ザニック)
ヘレナ・ボナム=カーター(赤の女王)
サシャ・バロン・コーエン
【スタッフ】
監督:ジェームズ・ボビン
製作:ティム・バートン、スザンヌ・トッド、ジェニファー・トッド、ジョー・ロス
脚本:リンダ・ウールヴァートン
キャラクター原案:ルイス・キャロル
製作総指揮:ジョン・G・スコッティ
撮影監督:スチュアート・ドライバーグ
プロダクション・デザイン:ダン・ヘナ
編集:アンドリュー・ワイスブラム
衣裳:コリーン・アトウッド
視覚効果スーパーバイザー:ケン・ラルストン、ジェイ・レッド
視覚効果アニメーション:ソニー・ピクチャーズ・イメージ・ワークス
音楽:ダニー・エルフマン
配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
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