『チャーリーとチョコレート工場』(2005年)や『ファンタスティックMr. Fox』(2009年)などのヒット作の原作を手がけ、宮崎駿監督も賛辞を惜しまない、児童文学の巨匠、ロアルド・ダール。ダールの世界的ベストセラー、大きくて(Big)優しい(Friendly)巨人(Giant)と孤児のソフィーが、より巨大で凶暴な巨人たちの脅威に立ち向かう『オ・ヤサシ巨人BFG』が発表されたのは1982年。同年、スティーブン・スピルバーグの『E.T.』が公開されている。『E.T.』のリリースと同じ年に発表されたダールの作品を、スピルバーグが映画化したのは偶然に過ぎないが、『BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント』と『E.T.』の比較にはなかなか抗い難い。
家族からも孤立しがちな少年エリオットと地球に取り残されてしまった地球外生命体E.T.。孤児院に暮らすソフィーと「巨人の国」で他に仲間がいないBFG。孤独な少年少女と異形の者の中でもマイノリティーの存在が心を通わせるという点で『E.T.』と『BFG』は共通している。その他、いくつかの共通点をあげられるだろうが(脚本家も同じで、本作は『E.T.』の脚本を手がけたメリッサ・マシスンの遺作となった)、本質的に異なっているのは、ストーリーが展開する時空間の設定と描写だ。『E.T.』においては、宇宙船は飛来するが、アクションが進行するのはあくまで観客が身を置くことができるような同時代の現実世界であり、「不思議の国」は登場しない。一方、『BFG』ではロンドンが主な舞台になっているが、夜の街の表情はファンタスティックでミステリアスなタッチが強調されている。また、ソフィーとBFGが足を踏み入れる英国王室の宮殿は、一般人にとっては日常とは隔絶した世界であり、「夢の国」、「巨人の国」といった明白な非日常性も描かれる。『E.T.』の魅力の大きなひとつは、ありきたりのアメリカの風景にE.T.という異次元の存在が出現し、「リアルな」登場人物たちとありえないはずの共演を果たし、ある種のケミストリーが起こったことだろう。リアルとファンタジーの境界が「現実において」ふっと溶解する、その得難いフィーリングが最も高まったのが、エリオットたちの自転車が空を飛ぶシーンであり、ジョン・ウィリアムズの音楽とともに、現代映画の最も有名な場面のひとつとして私たちの記憶に刻まれている。『BFG』では、現実世界と架空の国を自由に往来する(主に)デジタル視覚効果による自由は堪能できるが、BFGがそこにいること、それ自体の驚異の感覚は薄らいでしまう。舞台設定が現実世界に対する「ウソ」を前提にしており、BFGやその他の巨人が出現してもおかしくないリアリズムが選択されているからだ。現実のロンドンにおけるBFGとソフィーの対話や英国王室での場面は、「ガリバー」と人間、つまりスケールの対比に依る描写や演出が目立つ。女王との会食シーンは、巨人が人間の何人分もの食べ物をあっという間に平らげ、作品中でも最もユーモラスな場面のひとつに仕上がっているのだが、スケールの違いによる予定調和の笑いであり、新鮮味にかける。
いわゆる「歴史物」に連続して取り組んできたスピルバーグだが、『BFG』では現実世界とのバランスを考慮したファンタスティック性の構築とそれを貫く美学にフラストレーションが残る。撮影監督ヤヌス・カミンスキーとの長年にわたるコラボレーションは相変わらず安定しているが、ワンショット、ワンショットに狂いがない反面、デジタル視覚効果が百花繚乱の新規さを競う時代に、見る者をはっとさせる驚きに満ちた仕掛けや野心に乏しい。端的に言えば、キラキラとする要素が絶えず画面に遍在していれば「夢の国」になるわけではない。肝心の巨人の造型も、ゾウのように大きな耳をした原作の挿絵を踏襲しているのだろうが、残念ながら二時間近く魅入るほどチャーミングではない(BGFの主食「おばけキュウリ」や凶暴な巨人たちの描写を「不潔」という言葉が思い浮かぶほどグロテスクにする必要があっただろうか?)。スピルバーグとディズニーという最強であるはずの「Wネーム」の大作が商業的に苦戦した模様が海外では報じられているが、すべてを可視化することよりも、観客のイマジネーションを喚起する余白を残すこと(初期のスピルバーグ作品の強み)、その可能性をそろそろ再検討すべきではないだろうか。
『BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント』The BFG
9月17日(土)全国ロードショー
2016年アメリカ映画/カラー/スコープサイズ/上映時間:1時間58分
公式サイト
http://www.disney.co.jp/movie/bfg.html
【キャスト】
マーク・ライランス(BFG)
ルビー・バーンヒル(ソフィー)
ペネロープ・ウィルトン(女王)
レベッカ・ホール(メアリー)
レイフ・スポール(ティブス)
【スタッフ】
監督:スティーブン・スピルバーグ
脚本:メリッサ・マシスン
原作:ロアルド・ダール「オ・ヤサシ巨人BFG」(評論社刊)
製作:スティーブン・スピルバーグ、フランク・マーシャル、サム・マーサー
製作総指揮:キャスリーン・ケネディ、ジョン・マッデン、
クリスティ・マコスコ・クリーガー、マイケル・シーゲル
撮影監督:ヤヌス・カミンスキー
プロダクション・デザイン:リック・カーター、ロバート・ストロンバーグ
編集:マイケル・カーン
衣裳:ジョアンナ・ジョンストン
音楽:ジョン・ウィリアムズ
ディズニー、アンブリン・エンタテイメントandリライアンス・エンタテイメント提供ウォルデン・メディア提携、ケネディ/マーシャル・カンパニー制作、スティーブン・スピルバーグ作品