古代エジプト文明から、人間は永遠の若さを防腐処理したミイラにして残そうとしてきた。写真映像の存在論は、永遠の命をイメージにとどめようとする欲望の発露だとアンドレ・バザンは言う。
「写真はその瞬間性ゆえに、一瞬の時間しかとらえることができず、その意味では不完全な技術だ。対象の時間を型取りしつつ、さらにその持続の痕跡までもつかみ取るという異様なパラドックスを実現したのが映画なのである。」(『映画とは何か』)
黒沢清の最新作『ダゲレオタイプの女』は、バザンの「ミイラ・コンプレックス」を思い起こさせずにはいられない。世界最古とされる写真撮影方法ダゲレオタイプで、娘マリーの存在を銀板に焼き付ける写真家ステファンは「ミイラ・コンプレックス」を体現する人物だ。医療器具にも似た拘束器具でモデルの動きを奪い、露光時間の長い撮影を行うダゲレオタイプは、モデルの存在とある時間の持続性を、ネガもなく複製できない唯一無二のイメージに定着させる。固定されたフレーム内の「永遠の生」は、同時に濃厚な「死」の匂いを放つ。長時間にわたる撮影において、モデルはすでに死者のような様相を呈するだけではない。被写体の身体の自由を拘束し、不動性のうちに封じ込めようとする「ミイラの防腐処理」は、絶えず流れ去り、更新される生者の時間の流れから対象を本質的に訣別させる。ステファンが小さな棺に収められた赤ん坊の遺影を撮影する場面があるが、その亡き骸と撮影後に拘束器具から崩れ落ちて動かなくなるマリーの身体(彼女の階段からの転落シーンは、白眉の完成度を見せる)は、その時間性において通底する。生ける者を「永遠にする」ということは、その存在を生々流転するはかなくもダイナミックな生の時間の彼岸に送るということでもある。さらに本作では、マリーのイメージにステファンの亡き妻ドゥニーズのイメージが連なる。ステファンによれば、ダゲレオタイプのおかげで「永遠を得た」はずの妻は、その「永遠」を心ゆくまで享受するどころか、何の指標もない暗い深淵のような孤独、生と死のはざまのある種の無時間をさまよい続け、生者の世界を幻となって撹乱する。
対象の時間を、その持続の痕跡からつかみ取り、「変化するミイラ」をつくり出す倒錯的な技術/アートとしての映画。写真をテーマとする映画、不動のミイラに変化する様相を与える映画には、薄ら寒い死の予感、あるいは死そのものが関与する作品が多いように思われる(あまりにも有名な作品としては、例えばアントニオーニの『欲望』)。銀板を介して、生きる者と死者、亡霊が交錯し、生と死の境界があっさりとなし崩しになる。『ダゲレオタイプの女』は、同監督のその他の作品、特に近年では『岸辺の旅』とテーマを共有しながら、ジャンル映画(男女のギャング、ホラー)の洗練と革新を実現している。ダゲレオタイプという設定が選ばれた時点で、生と死、イメージをめぐる端正な恐怖と精緻なドラマが予感される。黒沢清作品に「海外初進出」という言葉を冠するのは、その人気と評価の広がりから、今さら感と逆に意外な印象を与えるが、ステファン役のオリヴィエ・グルメ、マリーに扮する新星コンスタンス・ルソー(作品の進行につれて、小花のような可憐さから、ファムファタルの静かな凄みと底知れなさをのぞかせる)、彼女に心を奪われるジャン役のタハール・ラヒムをはじめ、ヨーロッパのキャストとスタッフたちとのコラボレーションは、鮮烈な成功を収めている。
人は、自らの魂(あるいは理性と言ってもいい)と引き替えに、他者の存在、とりわけそのイメージに魅入られ、永遠のものにしたいと試みるのかもしれない。この世に身を置きながら、彼岸に通じるイメージを求めて狂おしい彷徨を続ける。本作は、最後の最後まで、魅入られた人々の抑圧され得ない熱情、その「狂気」を追い続ける。ラスト、車中のジャンを捉えたショットは、あり得ない切り返し、リバースショットの不可能性そのものによって、取り返しのつかない真実を浮き彫りにする。そこには、観客の感性を不意打ちする、ぞくっとするほど透徹した作り手のまなざしがある。
『ダゲレオタイプの女』LA FEMME DE LA PLAQUE ARGENTIQUE
10月15日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国公開!
2016年/フランス=ベルギー=日本/上映時間:131分
公式サイト: http://www.bitters.co.jp/dagereo/
【キャスト】
ジャン:タハール・ラヒム
マリー:コンスタンス・ルソー
ステファン:オリヴィエ・グルメ
ヴァンサン:マチュー・アマルリック
トマ:マリック・ジディ
ドゥーニーズ:ヴァレリ・シビラ
ルイ:ジャック・コラール
【スタッフ】
監督・脚本:黒沢清
プロデューサー:吉武美知子、ジェローム・ドプフェール
共同製作:ジャン=イヴ・ルーバン、定井勇二、オリヴィエ・ペール、レミ・ビュラ
音楽:グレゴワール・エッツェル
撮影:アレクシ・カヴィルシーヌ
録音技師:エルワン・ケルザネ
美術監督:パスカル・コンシニー、セバスティアン・ダノス
衣裳デザイナー:エリザベート・メユ
編集:ヴェロニク・ランジュ
サウンド・デザイナー:エマニュエル・ドゥ・ボワシュー
製作:FILM-IN-EVOLUTION、LES PRODUCTIONS BALTHAZAR
共同製作・配給:ビターズ・エンド