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Column

Kiyomi Ishibashi:Cinema! 石橋今日美

2017/01/06

L'ombre des femms『パリ、恋人たちの影』

© 2014 SBS PRODUCTIONS - SBS FILMS - CLOSE UP FILMS - ARTE FRANCE CINEMA

 フィリップ・ガレルの新たなフィルムに触れることは、もはや単に新作を見るという意味にはとどまらない。それは、繰り返し映画の中で目にしてきたはずのパリを再発見することであり、作品ごとに異なる街の表情、モノクロのニュアンスに撮影監督の個性を見いだすことであり、ガレル作品に関わる偉大な撮影監督たちからヌーヴェル・ヴァーグを筆頭に、映画史とさまざまなエピソード、この世を去っても記憶にとどまる人々に思いを馳せることである。さらに、ある「若さ」、自らの映画作りを更新しながら本質的な部分において妥協しない不屈の精神とエネルギーに改めてうたれることでもある。72分といういろいろな意味で驚異的な尺で、妻と夫と称されるパートナーとは異なる相手と深い関係を持ってしまう男女に迫る『パリ、恋人たちの影』(2015年)もまた、パリの新たな相貌のもと、エゴと欲望のドラマ、心に描いていた夢や理想が崩れさる一瞬と永遠を残酷に、鮮やかに切り取ってみせる。

© 2014 SBS PRODUCTIONS - SBS FILMS - CLOSE UP FILMS - ARTE FRANCE CINEMA

 ピエール(ずるい男がよく似合うスタニスラス・メラール)は映画作りに打ち込むが、「小難しい」彼のドキュメンタリー作品は、商業的成功に(故意にではないにせよ)背を向けている。妻マノンは、どれだけ献身的に彼の創作活動を支えても、狭いアパルトマンの家賃もまともに払うことができない生活を強いられている。「糟糠の妻」、しかし夫の成功からはほど遠いマノン(化粧っ気無しで挑んでいるクロティルド・クロー)。クラシカルな日本映画のヒロインなら、生活の窮状や夫の不貞にひたすら黙して耐えるところだが、マノンはマノンで、ピエール以外の男性と密会を重ねるようになる。ピエールと映画保存の研修生エリザベットの出会い、偶然を必然のように呼吸する二人の空気感。そして次第に、実年齢とはうらはらに、どこか熟年の女性の倦怠感や執着心を漂わせるようになるエリザベットの肌の質感や髪の乱れ、ベッドに横たわる肢体(若手俳優の登用に積極的なガレルによって起用された新人レナ・ポーガム)。原題L’ombre des femmesが示唆するように、マノンと共有する日常生活の空間から逃れるようにエリザベットの部屋に通うピエールは、やがて自宅まで迫ってくるエリザベットの影をおそれ、他の男性と会っているというマノンの影にとらわれるようになる。母と女友達とカフェでおしゃべりに興じるマノンを、魂を抜かれ、「ミイラになったミイラ取り」のように物陰から見つめるピエール。欲望もおそれも、最悪の事態に対する胸苦しい妄想も、相手の不在によって余計にかき立てられる。作品を通して、カップルの一見ささいな瞬間に、真実が、男女の深淵が垣間見える。男性からの突然の花束のプレゼントは、浮気された女性の証。花束を渡すピエールに、マノンはさらりといってのける。

© 2014 SBS PRODUCTIONS - SBS FILMS - CLOSE UP FILMS - ARTE FRANCE CINEMA

 結ばれる悦びと孤独の痛みを味わい尽くした二人が教会で再会する場面は、実に清々しい。死者を弔うセレモニーが執り行われる教会で、ドキュメンタリー映画の撮影のために、滔々と語られていた体験談の内実を明かすシナリオと演出の妙。ラストの清冽さは、喪の哀しみを生き抜いてきた者によってのみ、到達されうるものだろう。喪失と再生。フィリップ・ガレルの作品に触れることは、そのエッセンスに触れることでもある。

『パリ、恋人たちの影』 L'ombre des femmes

2015年/フランス/73分/モノクロ


2017 年 1月21日(土)、シアター・イメージフォーラムにて全国順次公開!

35mmフィルムによる特集上映同時開催!


公式サイト   http://www.bitters.co.jp/koibito/

Facebook  https://www.facebook.com/koibitotachinokage/

Twitter  @garrel_movie


© 2014 SBS PRODUCTIONS - SBS FILMS - CLOSE UP FILMS - ARTE FRANCE CINEMA

【キャスト】


クロチルド・クロー(マノン)


スタニスラス・メラール(ピエール)


レナ・ポーガム(エリザベット)


ヴィマーラ・ポンズ(リサ)


アントワネット・モヤ(マノンの母)


ムニール・マルグム(マノンの恋人)


ルイ・ガレル(ナレーション)



【スタッフ】


監督:フィリップ・ガレル


製作:サイード・ベン・サイード、ミヒェル・メルクト


脚本:ジャン=クロード・カリエール、カロリーヌ・ドゥリュアス、アルレット・ラングマン、フィリップ・ガレル


撮影:レナート・ベルタ


美術:エマニュエル・ド・ショビニ


編集:フランソワ・ジェディジエ


音楽:ジャン=ルイ・オベール


音響:フランソワ・ミュジー

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