眩暈にも似た高揚感とともに、情熱のクライマックスに達した恋は、その失速の過程もドラマチックだ。エモーションの負のスパイラルによって、心身ともに消尽してしまうこともある。スキー場で転倒し、膝を痛めてリハビリセンターに入院することになったトニー(エマニュエル・ベルコ)の場合もそうだ。別れた夫、つねに美しい女性たちに囲まれ、パリの華やかな夜を謳歌するレストラン経営者ジョルジオ(ヴァンサン・カッセル)は、凡庸なルックスでバツイチの弁護士トニーには、ややもすると気後れする相手だった。気の利いた彼女のアプローチから、あっと言う間に交際するようになった二人は、子供にも恵まれ、夫と妻として結婚式を挙げる。だが、永遠の放蕩息子のようなライフスタイルを貫いてきたジョルジオにとって、夫婦の日常性に埋没することは受け入れ難い。二人の関係に亀裂が入り、修復不可能になるまでをクロノロジックに描いていたら、『モン・ロワ 愛を巡るそれぞれの理由』は、退屈な126分を観客に強要することになっていたかもしれない。膝も心も打ち砕かれたトニーの現在から過去へ、過去から現在へ、時制の切り替えとトニー自身の内省の時間、起こった出来事に対する距離の取り方によって、本作はもっぱらトニー側からみたストーリーであるにもかかわらず、窒息するような閉塞感を免れている。
『パリ警視庁:未成年保護特別部隊』で、フランスの映画賞レースを制した監督のマイウェンは、「クラスで一番の不良に惚れてしまった、見た目は冴えない優等生」といったステレオタイプや、悪い意味での「女性のための女性の映画」の独善性を回避する。決して品行方正ではなく、欠点の多い性格でありながら、「悪者」の一言では片付かない複雑さと本能的に人を引きつける魅力を持ったジョルジオ、彼とは対照的な内に向かう暴力性と脆さをさらけ出すトニーの入念な人物造型。主演のふたりを始め、姉トニーとの興味深い関係性を見せるソラル役ルイ・ガレルや、彼の恋人バベットを演じるイジルド・ル・ベスコといったポイントを押さえたキャスティングが、作品の魅力をより多面的なものにしている。演じる側との緊密なコラボレーションがなければ、成立しがたいフィルムだ。
原題「モン・ロワ」、「私の王様」というタイトルが含み持つニュアンスは、そのまま作品のテーマやトーンと通底する。さまざまな意味で自分を傷つけた男性を「私の王様」と呼ぶ感情の「澱」の深さ、浅い恋愛感情を超えた愛着、相手のもとをすぐに去ることができず、その魅力に屈したまま、共有した年月。幸せの絶頂にあった日々と現在の時制の転換によって、過去の輝きは一層まぶしく、またその影はより濃く広がる。これだけの時間とエネルギーを注いだ相手は一体何者だったのか。その疑問は、トニー自身ヘの問いかけにつながる。リハビリセンターでの彼女の再生のプロセスに偶然関わる若者たちは、同じように身体的に傷を負いながら、トニーの属する世界では知ることのなかった軽さとユーモア、エネルギーを与えてくれる。こうした人々との出会いが、作品世界の「包容力」を感じさせてくれる。
息子が通う学校で、教師を交えて再会するトニーとジョルジオのラストシーンも秀逸だ。あらためて彼の体のディテールに注がれるトニーのまなざし。出会った頃よりも、少し年月を感じさせるようになったかもしれない肌や表情。自分の愛した人は、こんな人物だったかしら、と改めて問うようなトニーの視点を代行するカメラ。トニーの物語を親密に共有してきた観客は、もしかしたら彼女は、面談の後、カフェに寄って行かないかと彼に誘いかけるかもしれない、と一瞬思ってしまう。そんな逡巡を鮮やかに裏切ってくれるラストは、心地よく胸に広がる余韻を残す。
『モン・ロワ 愛を巡るそれぞれの理由』MON ROI
2015年/フランス/126分/仏語
3月25日(土)
YEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
公式サイト
http://www.cetera.co.jp/monroi/
【キャスト】
ヴァンサン・カッセル(ジョルジオ)
エマニュエル・ベルコ(トニー)
ルイ・ガレル(ソラル)
イジルド・ル・ベスコ(ハベット)
クリステル・サン=ルイ・オーギュスタン(アニエス)
【スタッフ】
監督:マイウェン
脚本:マイウェン、エティエンヌ・コマール
撮影:クレール・マトン
編集:シモン・ジャケ
美術:ダン・ヴェイル
衣装:マリテ・クタール
録音:ニコラ・プロヴォ、アニエス・ラヴォ、マチュー・テルトワ、エマニュエル・クロゼ
プロダクションマネージャー:マーク・コーエン
キャスティング:ステファン・バチュ
音楽:スティーヴン・ウォーベック
配給・宣伝:アルバトロス・フィルム、セテラ・インターナショナル
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