アメリカ合衆国大統領というポジションが、これほどまでに、周知のような事情で、議論の対象となっている時代に、米大統領であり、夫である男性の暗殺を間近で目撃した、ジャクリーン・ケネディの映画が公開される。このタイミングに、皮肉ともノスタルジーともつかない想いが広がる。さらにさまざまなスキャンダルの渦中にいたファーストレディを、優等生的なイメージが強いナタリー・ポートマンが演じるという点も興味をかき立てる。トレーラーでのポートマンは、鼓膜に少しまとわりつくような声質と独特のアクセントを見事にマスターしているように見受けられた。
作品は取材に訪れたジャーナリストとジャッキーの対話を軸に、ケネディ大統領が暗殺される前(ホワイトハウスの中をジャッキーが案内するという実際の番組『ホワイトハウス・ツアー』の再現を含む)と暗殺後、そして「歴史」の映像(実際のニュース映像)のモザイク、ジャッキーのプライベートな瞬間とオフィシャルな顔の対比によって構成されている。「ケネディ伝説」を完成させるため、リンカーンのセレモニーにならって葬儀を取り仕切り、記者に冷静に応じるジャッキーの、これまであまり知られていなかった一面を丹念に掘り起こすことは、作品の趣旨の一部だと思われる。その過程において、最も鮮烈な印象を残すのは、暗殺の衝撃と身に余る哀しみ、喪失感を生き抜こうとするヒロインの姿、大統領の遺体に取って代わる、血と涙に濡れるジャッキーの身体性だ。それは、ナタリー・ポートマンの演技に負うところが大きい。遺体と未亡人を乗せたエアフォース・ワンの中で行われる大統領就任宣誓とその冷酷さ、ようやく自室でひとりになり、血塗られた衣服をなんとか脱いで、泣きながらシャワーを浴びるジャッキー。信頼を寄せる秘書ナンシーの助言に忠実に、真摯に『ホワイトハウス・ツアー』の収録にあたるジャッキーの「意外な」けなげさ、大統領とホワイトハウスのイメージメーカーとしての尽力と献身を知れば、その慟哭も一層痛切に響く。それゆえに一層、「教訓」を説く牧師の存在などは、それほど効果的に思われなかった。いま、そこにある、ジャッキーが体現する「真実」ほどの説得力のある重みがないのだ(ジョン・ハートの演技が原因ではなく、脚本全体に課題が残る)。
モノクロの映像として見聞きしていた世界に、ジャッキーは物理的に、そして象徴的に、色をもたらす。JFKの生前を彩ったツイードのピンクのツーピースを始め、鮮やかなレッドのコスチュームと対照的な喪のスーツとヴェール。鮮やかな色彩とともに、ジャッキーの瞳は、女性として、そして国家としての悲劇に応える意思の力を宿す。
『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』JACKIE
3月31日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開
2016年/アメリカ・チリ・フランス/カラー・モノクロ/99分
公式サイト http://jackie-movie.jp/
【キャスト】
ナタリー・ポートマン(ジャクリーン・ケネディ)
ピーター・サースガード(ロバート・F・ケネディ)
グレタ・ガーウィグ(ナンシー・タッカーマン)
ビリー・クラダップ(ジャーナリスト)
ジョン・ハート(神父)
リチャード・E・グラント(ウィリアム・ウォルトン)
キャスパー・フィリップソン(ジョン・F・ケネディ)
【スタッフ】
監督:パブロ・ラライン
製作:ダーレン・アロノフスキー、ミッキー・リデル、フアン・デ・ディオス・ラライン、
スコット・フランクリン、アリ・ハンデル
脚本:ノア・オッペンハイム
撮影:ステファーヌ・フォンテーヌ
美術:ジャン・ラバッセ
衣装:マデリーン・フォンテーヌ
編集:セバスチャン・セプルベダ
音楽:ミカ・レヴィ
配給:キノフィルムズ
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