ニューヨークで最も愛されているランドマークのひとつであるメトロポリタン美術館、通称MET。同美術館の服飾部門の活動資金を調達するため、毎年5月の第1週に開催されるガラパーテイー「METガラ」。イベントの詳細を知らなくとも、レッドカーペットが敷かれた大階段で、招待客のスターやセレブリティーたちがきらびやかな装いでポーズをとる写真を目にしたことがある人も多いだろう(女性ゲストがまとうドレスのゴージャスさは、アカデミー賞の赤絨毯に匹敵するか、それを上回る)。METの理事に就任したUS版「VOGUE」の編集長アナ・ウィンターが主催することで、世界最大のファッションイベントとなったメットガラ。その舞台裏とガラがオープニングを飾る服飾部門の企画展の準備を8ヶ月に渡って撮影したのが『メットガラ ドレスをまとった美術館』だ。ドキュメンタリー作家アンドリュー・ロッシは、初めてこの企画の制作過程に外部のカメラを持ち込むことを許された。
アナ・ウィンターをはじめ、中国にインスパイアされたモードと美術、歴史、映画との融合がテーマとなった企画展「鏡の中の中国」の芸術監督、ウォン・カーウァイ、展覧会に協力したジョン・ガリアーノやジャン=ポール・ゴルチエ、カール・ラガーフェルド、そしてリアーナやケイト・ハドソン、ジャスティ・ビーバーといった招待客。こうした顔ぶれによって、本作はある意味ハリウッド大作よりも華麗な「キャスティング」を実現している。その中にあって、普段はあまり表舞台に立たない服飾部門の主任キュレーターで、アナと二人三脚で「鏡の中の中国」展を手がけたアンドリュー・ボルトンの仕事を丹念に追い、彼自身の魅力と存在感を堪能する機会を与えてくれたことは、この作品の比類なき魅力となっている。「アレキサンダー・マックイーン/野生の美」展を大ヒットに導き、「鬼編集長」アナが「守護天使」として信頼を寄せるボルトン(アメリカのファッションと結びつく組織に所属するアナもボルトンも、実はイギリス人)は、白いシャツにカジュアルなボトムスでも、フィット感や微妙な丈の長さに、徹底した美意識を感じさせる。ゴテゴテと飾り立てるファッションではなく、完結したスタイルを体現する彼は、子供の頃からアーティストやデザイナーではなく、キュレーターになりたかったと語っており、まさに天職につき、才覚を発揮する人物だ。会期前の無人の展示室でドレスの裾の微妙な広がりを調整する場面、あるいはガラが始まり、独特の華やぎとは対照的に静謐に満ちたに包まれる会場から離れて、ひとり展示室を歩いて回るシーンなど、スポットライトを独占することが必ずしも身上ではない、キュレーターらしいモーメントを垣間見ることができる。
ファッションはアートか?服は美術品として美術館に所蔵されるに値するものなのか?目新しい命題ではないが、本作においては明快な解答を求めるよりも、さまざまな立場から展開される見解とダイナミックな議論、それらを踏まえた実際の展示をめぐる物理的な制約と人々のアクションに魅せられる。カール・ラガーフェルドによれば、シャネルはアーティストではなく、ドレスメーカーにすぎない。一方、白衣を着た美術館の女性職員たちの手によって、大きな輸送ボックスからボリュームのあるドレスが丁重に取り出される様子は、美術作品の扱いに他ならず、女性たちの身振りには、まるでロイヤルファミリーの一員にでも接しているかのようなうやうやしさが見られる。
ひとりあたりの席料が25,000ドルとなるメットガラは、アートのためのショー(ビジネス)であり、ショービジネスのアートでもあり、展覧会は芸術と非-芸術の厳密な線引きを拒むボーダレスなエネルギーと多様性に満ちている。アナのアシスタントが、メインゲストとして招聘予定のリアーナ側から、高額なギャランティを提示され、悪いサプライズを味わう場面がある。実際の金額はもちろん観客には伝えられないが、かなりの額であることは予想がつく。なんとか交渉決裂を免れ、リハーサルに登場した歌姫は、スクリーンではとても控えめに映る。しかし、中国人デザイナー、グオ・ペイによる鮮やかなイエローのドレスを着て歌姫が登場した時、もはや価格のつけられない何かを目撃することになる。ファーで縁取られ、手の込んだ花柄の刺繍が施された恐ろしく大きなトレーンは、大階段を何段も占拠し、ドレスの黄色とカーペットの赤が、この上なくドラマティックな色彩の効果を見せる。制作に2年を要したドレスは、非常にボリュームと重みがあるため、モデルがファッションショーで着こなせなかったほど難易度の高いものだった。そんなことを微塵も感じさせないリアーナの風格、佇まい。どんな要求も通してしまいそうな女王の強さと気高さと同時に、憂い、はかなさが同居する表情は、否応なく私たちの心とまなざしを奪う。これもひとつの「アート」の形ではないか。本作のエピローグで、ガラ終了後、このリアーナのイメージに対するVOGUEのスタッフたちのリアクションと仕事ぶりも、実に実直かつ爽快捉えられている。プロフェッショナリズムの頂点において、スタイルを極め、美を追求する人々の世界に触れることができる一本だ。
『メットガラ ドレスをまとった美術館』 The First Monday in May
2016年/アメリカ/英語/91分
4/15日(土) Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国ロードショー!
公式サイト http://metgala-movie.com/
【キャスト】
アナ・ウィンター
アンドリュー・ボルトン
ジョン・ガリアーノ
カール・ラガーフェルド
ジャン=ポール・ゴルチエ
バズ・ラーマン
ウォン・カーウァイ
リアーナ
トム・ブラウン
ケイト・ハドソン
ハロルド・コーダ
マイケル・コース
グオ・ペイ
リカルド・ティッシ
バレンティノ・カラバーニ
ジャンカルロ・ジャンメッティ
【スタッフ】
監督:アンドリュー・ロッシ
編集:チャド・ベック、アンドリュー・コフマン
撮影:アンドリュー・ロッシ、ブライアン・サーキネン
音楽:イアン・ハルトクイスト、ソフィア・ハルトクイスト
製作:スコット・ブライト、マット・ウィーバー
製作総指揮:ジェイソン・ベックマン
配給:アルバトロス
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